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ラグフェアー

ラグフェアーとは埼玉大学のアカペラサークル「チョコレッツ」が母体のボーカルグループである。バンド名の由来はメンバーの加藤が、着ていたTシャツにその文字が書かれていたことから。意味は蚤の市。1999年結成。大宮駅周辺でストリートライブをしていた。
ネプチューンが司会をしていたフジテレビ系番組「力の限りゴーゴゴー」内の人気コーナー「ハモネプ」で注目を浴びる。コーラスワークの息がピッタリだ。そして電子音のごとく繰り出されるおっくんのボイスパーカッションは抜群である。
2001年メジャーデビュー。日本にアカペラブームを巻き起こした。2002年にリリースした「恋のマイレージ」はオリコン初登場1位を獲得。この年の大晦日には紅白歌合戦に初出場をした。
2005年7月にリリースした「Summer Smile」は某消費者金融会社のコマーシャルソングとしてもおなじみである。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (3)

ゴスペラーズ

ゴスペラーズとは村上てつや、安岡優、北山陽一、酒井雄二、黒沢薫からなるボーカルユニットである。1991年早稲田大学のアカペラサークルで結成された。
1996年から1997年「笑っていいとも」のいちコーナーに出演していた経験もある。アカペラである曲を替え歌にする企画だった。
5人から奏でる、力強いボーカル、ハーモニーはとても素晴らしい。胸にジーンと来る。
代表曲は「永遠に」「ミモザ」や前編アカペラの「ひとり」「星屑の街」など多数だ。
サッカーが好きで日本代表試合の国歌斉唱を務めたこともある。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (0)

井上康生

井上康生とは柔道家である。1978年5月15日生まれ。宮崎県宮崎市出身。東海大学出身。綜合警備保障所属。身長183cm、血液型O型。趣味は映画鑑賞、買い物。音楽はソウル系のヒップホップが好きだそうだ。好きな食べ物はハンバーガー、焼肉、甘い物。
父の影響で5歳から柔道を始める。1999年世界柔道選手権で、初出場初優勝を果たす。翌年のシドニーオリンピック柔道100kg級も金メダルを見事に獲得。得意技は内股、大外刈り、大内刈り、背負い投げ。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (1)

小比類巻貴之

小比類巻貴之とはチームドラゴン所属のK-1ファイターである。あだ名はコヒ。ミスターストイックという異名を持つ。
1977年11月7日生まれ。青森県出身。180cm、70㎏。バックボーンはキックボクシング、空手だ。
中学時代に極真カラテを始める。牛乳を毎日3リットル飲んでいたらしい。そのときの稽古仲間には山本喧一選手がいた。K-1ワールドMAXの日本代表決定トーナメントで優勝経験あり。得意技はひざ蹴り。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (0)

コールドプレイ

コールドプレイとはイギリス出身の4人組ロックバンドである。メンバーは、クリス・マーティン(ボーカル・ギター)、ジョニー・バックランド(ギター)、ガイ・ベリーマン(ベース)、ウィル・チャンピオン(ドラム)だ。
1996年ロンドン大学の学生として出会い、意気投合して結成。
メジャーデビュー前から音楽情報紙NME表紙を飾る。
アルバム「静寂の世界」「パラシューツ」を全世界で1500万枚以上のセールスを記録する。グラミー賞や音楽賞多数受賞している。
2000年サマーソニックで初来日。2005年6月にリリースした3枚目のアルバム「X&Y」は全米・全英でチャート1位を獲得。発売1ヶ月足らずで600万枚以上のセールスを記録した。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (0)

ハローバイバイ

ハローバイバイとは金成公信(ツッコミ)と関暁夫(ボケ)によるお笑いコンビである。吉本興業所属。分かりやすい名前にしたかったからこのコンビ名にしたそうだ。「行ってダメなら帰って来い」というメッセージ。他の候補は「ジムキャリー&サモハンキンポー」があった。
背が大きい方の金成の趣味はバスケットボール。背が小さい方の関の趣味はビリヤード、フィギュア収集だそうだ。
テレビ東京で放送していた「イカリングの面積」のコーナーで、厚底ブーツを普通のブーツに見えるようになるまで歩いたり、ボウリング球をビリヤードの球に見えるまで、ボールを引きずって歩きつづける企画に挑戦した。ルミネtheよしもとでも活躍している。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (0)

オフスプリング

オフスプリングとはアメリカのパンクロックバンドである。オフスプリングには子孫、財産という意味がある。デクスター・ホーランド(ボーカル、ギター)グレッグK(ベース)ヌードルズ(ギター、ボーカル)アトム・ウィラード(ドラム)の4人組である。
1994年にリリースした「スマッシュ」は全世界で1300万枚を売り上げてネオパンク、メロコアブームをリードした。2005年6月に自身のキャリアを総括したベストアルバム「Greatest Hits」をリリース。このアルバムを引っさげて日本公演も行う。
歌詞は「熱血、社会派メッセージ、アホ」といった具合に振幅が激しい。また、ライブ会場の2階席まで水が届くほどの放水パフォーマンスもしたことがある、エンターテイメント性も優れている。

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南野やじ

南野やじとは吉本興業所属のお笑い芸人である。
本名は広田伸一だ。1976年8月30日生まれ。長崎県出身。血液型はA型。
大学時代は国連研究会、落語研究会に所属していたらしい。
漢字が書き込まれたスケッチブックをお経を唱えるように読み上げる自虐ネタで人気。

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ハロ

ハロとは竹内康晃、増井歩によるお笑いコンビである。ワタナベエンターテインメント所属。
コンビ名の由来は、ガンダムのキャラクターHAROから来ているそうだ。2002年4月結成。
竹内の好きな飲み物は紅茶、コーヒー。増井は、ワイン、ビール。
増井はヨン様のものまねをしたぺヨン潤というキャラクターで有名。「ヨン様に似てるかも」の一言をきっかけに彼らのコント内で誕生した。
2004年11月に成田空港で来日したぺ・ヨンジュンにそのキャラクターを気付いてもらうことに成功。
韓国語、フランス語など外国語の難しい文章を日本語に聞こえるように読むネタがある。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (1)

12人の優しい日本人

12人の優しい日本人とは、「古畑任三郎」でおなじみの脚本家三谷幸喜によるコメディ映画である。
演劇集団東京サンシャイン・ボーイズの同名舞台を映画化したものだ。主なキャストは塩見三省、豊川悦司、梶原善。これから日本もアメリカのように陪審員制度を取り入れられるかもしれない。もしも日本に陪審員制度があったとしたら、どうなるだろうか。12人の陪審員が、ある殺人容疑者の判決を巡って議論するコメディである。
容疑者は果たして有罪か、無罪か?議論は長時間にわたる。陪審員ひとりひとりに個性がよく出ている。

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容疑者室井慎次

容疑者室井慎次とは人気シリーズ踊る大捜査線のスピンオフ第2弾である。
柳葉敏郎が演じる室井慎次管理官を主人公にした作品である。
タイトルを見たとき、「えっ」と驚いた人も多いと思うが、今回のストーリーは、室井自ら指揮をとった殺人事件の捜査の責任をとらされ逮捕されてしまうお話。果たして室井はシロかクロか?
キャストは真矢みき、筧利夫、八嶋智人の豪華メンバー。一世風靡セピアで同じ釜の飯を食った哀川翔も出演している。

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バナナマン

バナナマンとは設楽統(したらおさむ)、日村勇紀(ひむらゆうき)の実力派お笑いコンビである。ホリプロコム所属。1994年結成。
髪の毛を立てているのが、設楽。マッシュールームのようなヘアスタイルの方が日村である。
日村は以前「陸上部」というコンビを組んでいたが、相方に逃げられてしまった。一方設楽は半年間鉄道会社で働いていたことがある。
設楽の趣味はフットサル、ボウリング、日村の趣味はビリヤード。血液型は2人ともO型。
日村は「あどでー(あのねー)」という少年時代の貴乃花親方のものまねが得意。

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鉄拳

鉄拳とはお笑い芸人である。パンダのような黒と白のメイク、スケッチブック、特徴のあるしゃべりを組み合わせて、ネタを繰りひろげている。
彼の描くスケッチは、かなり絵心がある。ネタは、シュールでかつ解りやすい。
書籍「こんな○○は××だ」はベストセラーになり、文庫本にもなった。
ドリンクのコマーシャルにも声で出演している。
彼の父親はお笑いが好きではなく、暫く自分が芸人であることを隠していた。
「笑いの金メダル」という番組で父親に会いに行き、事実を告白した。

投稿者 kini-naru : 2005年08月25日 | コメント (0) | トラックバック (0)

泉浩

泉浩とは柔道家である。1982年6月22日生まれ。173cm、90㎏。青森県出身。
小学校卒業と同時に、故郷を離れ単身で東京へ柔道留学。
明治大学4年次の2004年アテネオリンピック柔道男子90kg級で銀メダルを獲得。
勝負度胸が強く、多彩な技、巧みな試合運びに定評がある。得意技は、大外刈り、背負い投げ。
試合会場で彼の父親が着ていた「マグロ一筋」プリントされたTシャツは大きな話題を呼んだ。

投稿者 kini-naru : 2005年08月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

サムシングエルス

サムシングエルスとは伊藤大介、今井千尋、大久保伸隆の3人組のバンドである。
地元の千葉県柏駅前でストリートライブを行っていたところ、音楽業界の関係者の目に止まり、1996年「悲しきノンフィクション」でデビュー。
その後も、曲をリリースするが売上がいい結果に結びつかず、解散寸前の崖っぷちバンドになってしまう。
そんな矢先に日本テレビ系で放送されていた「雷波少年」出演の白羽の矢が立つ。3人はマンションの1室にこもり試行錯誤を重ねながら、「ラストチャンス」という曲をリリース。
「オリコン初登場20位以内に入らなかったら即解散、転職」というルールがあったが、初登場2位を記録した。1999年紅白歌合戦にも出場。
大久保の透き通ったボーカルと、伊藤、今井のハーモニーが素晴らしい。その他の代表曲は「さよならじゃない」「ウソツキ」などがある。

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亀田興毅

亀田興毅とはプロボクサーである。1986年11月17日生まれ、長男である。166㎝でサウスポーだ。大阪府西成区天下茶屋出身。ビックマウスがトレードマーク。
明石家さんまの大ファンだそうだ。そのさんまからミネラルウォーター12ダース、高級焼肉店の食事券が届けられたことがある。2005年8月21日、東太平洋フライ級王者のワンミーチョーク・シンワイチャーをノックアウト勝利し、初タイトルを獲得した。
自身のファンクラブも設立し、ノリに乗っている。

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m-flo

m-floとはタカハシタク(TAKU)とVERBALの2人組である。TAKUはロサンジェルス、VERBALはボストンに留学経験がある。
英語と日本語が見事に織り交ぜられた高速ラップは、技ありである。
1999年マキシ・シングル「the tripod e.p.」でメジャーデビュー。2002年にボーカルのLISAが脱退。その後、曲ごとに違うアーティストとコラボレートしていく、「loves」という独特のスタイルで再起動。
ケミストリー、ボア、クレイジーケンバンド、クリスタルケイ、坂本龍一、和田アキ子など豪華アーティストとのコラボレーションを果たしている。

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O-ZONE

O-ZONEとはモルドヴァ共和国出身のDAN、ARSENIE、RADU3人組のユニットである。
「DRAGOSTEA DIN TEI~恋のマイヤヒ~」はヨーロッパ中で大ヒットした。
日本でも大ブームを巻き起こしている。歌詞の分かりやすさ、面白さで、クラブシーンを賑わした。ルーマニア語で歌う歌詞が、日本語のように聴こえるのが面白い。例えば「キープだ牛」「飲ま飲まイェイ」などの空耳アワーに出てきそうな歌詞がある。プロモーションビデオもかわいらしい。
じわじわ人気が出て、発売から24週目にオリコン1位を獲得した。着うたダウンロード数は洋楽としては初の快挙となる100万件を突破した。1度聴いたら頭の中にしばらく残る曲である。

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なすび

なすびとは渡辺エンターテイメント所属のお笑い芸人である。1975年8月3日生まれ。身長180cm、体重67㎏。福島県出身。専修大学法学部出身。広末涼子のファンである。
日本テレビ系の「電波少年」のコーナー「電波少年的懸賞生活」で活躍した。
懸賞で得たモノの合計金額が100万円を超えるとクリアという企画だ。
また舞台俳優としても活躍している。宮本亜門演出の舞台「ファンタスティックス」のキャストの1人として、全国を回った。

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綾小路きみまろ

綾小路きみまろとは中高年に人気の毒舌漫談家である。本名は假屋美尋(かりやよしひろ)。
鹿児島から父親にもらった1万円を手に高校卒業後に上京。拓殖大学在学中にキャバレーの司会をしたことがきっかけで芸能界に入る。苦労時代は自分の漫談を吹き込んだカセットテープをバスの運転手などに無料で配布していたそうだ。
2002年「爆笑スーパーライブ第1集」を発売、じわりじわりを売上を伸ばし、ミリオンセラーになった。音楽以外のCDでは前代未聞の快挙である。
ライブを中心に、テレビ、CMなど大活躍をしている。富士山の見える自宅がある。
マッサージ師の免許を持っていて、柔道初段である。本人発表のプロフィールによると、身長が1650ミリ、体重76000グラムだそうだ。

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須藤元気

須藤元気とは格闘家である。1978年3月8日生まれ。身長175㎝、70kg。東京都江東区出身。元気は本名である。父親が、ボクシング漫画「がんばれ元気」を読んで感銘を受けて、名付けたそうだ。
格闘技歴はレスリング、サンボ、ブラジリアン柔術など。拓殖短大時代には、全日本グレコローマンレスリング大会で優勝した。卒業後、1998年、単身渡米しビバリーヒルズ柔術クラブの門を叩く。そこで修行をし、アメリカの柔術大会やUFCに出場した。2002年K-1参戦。2004年には総合格闘技イベントROMANEXでホイラー・グレイシーにパウンドをして、見事に勝利をする。
ど派手な入場パフォーマンス、トリッキーな戦法で、観客を盛り上げる。

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伊藤淳史

伊藤淳史とは俳優である。1983年11月25日生まれ。千葉県出身。血液型はA型。
幼い頃は「とんねるずのみなさんのおかげです」のコント「仮面ノリダー」でチビノリダー役をしていて一躍人気者になる。
カロリーメイトの「頑張れワカゾー」のコマーシャルでおなじみである。
2005年はドラマ「電車男」でオタクの青年役を演じ、活躍している。

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サンボマスター

サンボマスターとは山口隆(ボーカル・ギター)、木内泰史(ドラム・コーラス)、近藤洋一(ベース・コーラス)3人によるロックバンドである。2000年2月結成。山口と木内が大学のサークルで知り合ったそうだ。バンド名の由来は、PRIDEのヒョードルやアレキサンダーがしていたロシアの格闘技サンボから来たそうだ。それ以外にバンド名の候補は「くるくるパー」や「400勝投手」があった。
新しき「日本語ロック」を確立して、熱く魂を込めて歌う。激しく勢いのある歌で、熱いメッセージをオーディエンスに送る。ファンタスティックなライブパフォーマンスは感動のあまり泣き出す人も出るほどのものだ。
平井堅や宇多田ヒカルからも支持を受けていて、夏の野外イベント、フジロックフェスティバルにも出演し気合の入ったライブを展開している。
代表曲は、「美しき人間の日々」ドラマ「電車男」の主題歌になっている「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」などがある。

投稿者 kini-naru : 2005年08月22日 | コメント (0) | トラックバック (0)

とはファイターである。大相撲時代は第64代横綱であった。大相撲幕内成績は、566勝198敗であった。引退後は東関部屋の親方として、弟子たちを指導していたが、2003年11月、日本相撲協会に退職届を提出。
2003年大晦日、K-1に電撃参戦し、プロ格闘家に転向を果たした。試合には負けたが、ボブ・サップと激しい試合を繰り広げた。紅白歌合戦の視聴率を約3分間上回って、瞬間最高視聴率は43%になった。
2005年にはプロレスデビューを果たした。WRESTLE-1、WWE、全日本プロレスに参戦。必殺技は巨体を活かしたバンザイドロップや64がある。

投稿者 kini-naru : 2005年08月19日 | コメント (0) | トラックバック (0)

オリエンタルラジオ

オリエンタルラジオとは吉本興業所属のお笑いコンビである。
ボケの中田敦彦は1982年9月27日生まれ。出身校慶應義塾大学。
ツッコミの藤森慎吾は1983年3月17日生まれ。出身校明治大学。
自動車事故のオペレーターでのアルバイトで知り合う。お笑い好きという共通点があり、仲良くなってコンビ結成。コンビ名は2人の好きな単語を組み合わせてできた。
ネタ「武勇伝」は1度聴くと頭に残る。軽快なリズムで「武勇伝デンデデンデン」と歌う。ネタの終盤にはハモりもある。バラエティ番組「エンタの神様」「ゲンセキ」で注目をあびる。

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清木場俊介

清木場俊介とはEXILEのボーカルSHUNの本名である。1980年1月11日生まれ。山口県出身。中学校時代からバンド活動を始める。また、ギター片手にストリートライブで弾き語りを良くしていた。
ガテン系の仕事をしていたので、危険物取扱者丙種、車両系建設機械運転技能講習の資格をもっている。「いつか」でソロデビューを果たす。彼が作詞作曲している渾身の作品だ。ドラマの挿入歌としても使われた。字も達筆で、書の個展も開催している。福岡・大阪・東京の3ヵ所計10日間で1万人を動員したそうだ。幅広い才能を持っている。

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COLOR

COLORとはEXILEのATSUSHI率いるボーカルユニットである。ATSUSHI、KIKURI、TAKA、YORKの4人組だ。ハイレベルなボーカル、コーラスはBOYS II MEN を彷彿させる。
2004年「EXILES」名義のアルバム「HEART of GOLD~STREET FUTURE OPERA BEAT POPS~」に参加し、12月にシングル「Special love」でデビュー。甘く、そして暖かいコーラスでファンを魅了する。
2枚目のシングルはCMソングに使われた。3枚目のシングルのカップリングは、鈴木雅之の名曲「夢で逢えたら」をカバー。2005年9月には、ファーストアルバムをリリース。EXILEとは一味違ったATSUSHIを堪能できる。

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ブルーススプリングスティーン

ブルーススプリングスティーンとは硬派ロックンローラーである。アメリカ・ニュージャージー州出身。
アマチュア時代チャック・ベリーのツアーバンドを務めたこともある。エルビス・プレスリーを敬愛していた。
1973年「アズベリー・パークからの挨拶」でデビュー。ディランの再来とマスコミから取り上げられた。
1984年「ボーン・イン・ザ・USA」が大ヒット。タイトルから国歌賛美を意図した曲だとマスコミに誤解され、彼はたちまちナショナリストの発狂の対象となった。このアルバムは全米1位になり、全世界で2000万枚売れた。レーガン大統領も選挙演説でブルーススプリングスティーンの曲のことを話題にしたほどだった。1985年初来日を果たす。

投稿者 kini-naru : 2005年08月19日 | コメント (0) | トラックバック (0)

モンテローザ

モンテローザとは居酒屋を中心に事業をしている企業である。
宴会などでなじみのある白木屋、魚民、笑笑などはモンテローザ系列である。
モンテローザとは、スイスアルプスの最高峰の山である。フードビジネス界に置ける最高峰を目指し、一歩一歩着実に歩みつづけるという意味がこめられている。
1975年新宿歌舞伎町にパブレストランを創業し、1983年株式会社モンテローザ設立。2004年には直営1200店舗を達成した。
居酒屋の他にも、CD、DVDレンタル・販売で有名なTSUTAYA、書店のBOOK・OFFなどもモンテローザ系列である。

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郷ひろみ

郷ひろみとは歌手である。本名原武裕美。1955年10月18日生まれ。福岡県出身。
1972年「男の子女の子」でデビュー。かっこいいフェイスと甘いボイスで、スーパーアイドルになる。
「2億4千万の瞳」「お嫁サンバ」など多くの大ヒット曲がある。
1999年はリッキー・マーティンの曲を日本語でカバーした、「GOLDFINGER’99」をリリース。サビの「アチチアーチ♪」は、老若男女、幅広い世代を熱くさせた。
同年、大晦日のNHK紅白歌合戦ではこの年の紅白の最高視聴率を記録した。
また2枚目でもありながら、みりんのコマーシャル出演や、「爆笑問題のバク天」でレイザーラモンHGと共演し、コミカルな一面も見せた。これが郷がたくさんの人に好かれる理由だろう。
2001年いっぱいで一旦活動を休止していた郷だが、2005年「愛より速く」で復帰。ニューヨークでの充電期間を経てさらにパワーアップした。この曲は本人出演のCMソングになっている。

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小田和正

小田和正とはミュージシャンである。1947年9月20日生まれ。神奈川県横浜市出身。東北大学工学部、早稲田大学理工学部建築科修士課程卒業。一級建築士の免許も持っているらしい。
1970年~80年代にかけて「さよなら」「愛を止めないで」など多くのヒット曲を生み出したスーパーポップグループ、オフコース。その中で、ヴォーカル、ソングライターを務めていたのが小田和正だ。心にジーンとしみる切ない歌詞、全力投球かつ透き通った歌声で幅広い年齢層のファンを持つ。
1986年「1985」でソロとしてのキャリアをスタートさせた。1991年「ラブ・ストーリーは突然に」は、フジテレビ系ドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌に使われていた。ドラマの人気とともにメガ・ヒットを記録した。
2002年に発売したベストアルバム「自己ベスト」は、ダブルミリオンを達成。57歳3か月での達成となり、200万枚突破の最年長記録を樹立した。
このアルバムはフジテレビ系ドラマ恋のチカラの主題歌「キラキラ」や某生命保険会社CMソングの「言葉に出来ない」などの名曲が収録されている。豪華な1枚となっている。
2005年「そうかな」を発売。このCDのコマーシャルでは小田和正が教師に扮している。様になっている。

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なかやまきんに君

なかやまきんに君とは肉体派お笑いピン芸人である。吉本興業所属だ。マッチョで「プロテインは友達だ」と公言している。
1978年9月17日生まれ。177㎝、80㎏。福岡県出身。血液型AB型。趣味は占い、栄養補助食品集め。
「さぁ来い!さぁ、来い!」とハイテンションで叫びながら、自慢の筋肉の一部分を披露する。
運動神経抜群でTBSの「スポーツマンNo.1決定戦」で優勝をしたこともある。

投稿者 kini-naru : 2005年08月18日 | コメント (0) | トラックバック (0)

魔裟斗

魔裟斗とはK-1で活躍するファイターである。本名小林雅人。1979年3月10日生まれ。174cm、70kg。千葉県出身。シルバーウルフ所属。バックボーンはキックボクシング。
ニックネームは反逆のカリスマ。甘いマスクで多くの女性ファンを持つ、会場では彼への黄色い声援が飛ぶ。2003年K-1ワールドMAX(ミドル級)で日本人初の世界王者に輝く。
2004年は惜しくも準優勝。同年大晦日は山本KID徳郁と歴史的一戦を繰り広げ会場を大いに盛り上げた。彼は、インタビューを受けているときに驚くようなビックマウスを口にするが、このことで退路を塞ぎ自分にプレッシャー、追い込みをかけているそうだ。
格闘技はもちろんのこと、テレビ、ラジオ、雑誌など幅広く活躍をしている。自身の写真集も発売した。

投稿者 kini-naru : 2005年08月18日 | コメント (0) | トラックバック (1)

山本KID徳郁

山本KID徳郁とはK-1ファイターである。1977年3月15日生まれ。神奈川県出身。身長163cm、体重64㎏。血液型はB型。バックボーンはレスリング、総合格闘技である。
父はミュンヘンオリンピック代表。姉、妹もレスリング世界選手権制覇。
KIDもレスリングでは、インカレ優勝、全日本2位の実績を残す。
2004年K-1に参戦。村浜武洋を2Rノックアウトで圧勝。衝撃的デビューを飾る。
同年大晦日、格闘技イベントDynamiteで魔裟斗と名勝負を繰り広げる。
レゲエ調のノリノリの入場曲はT.O.Kの「I Believe」である。

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ジャミロクワイ

ジャミロクワイとは「オールウェイズ帽子男」ことジェイ・ケイ(ボーカリスト、ソングライター)率いるユニットである。ロンドンで結成。
ファンクやソウルを取り入れた新しい形のジャズともいえる宇宙のサウンドを確立する。こだわりや信念を感じるメッセージ色の強い歌詞が特徴である。
1993年「JAMIROQUAI」でデビュー。流星のごとく突如イギリスのクラブシーンに登場した。
1996年、3作目の「Travelling Without Moving」をリリース。1度聴いたら癖になる「Cosmic Girl」などが収録されている。世界中のダンスフロアを賑わせた「Virtual Insanity」はグラミー賞を獲得をした。日本でもミリオンを突破した。2005年には「ダイナマイト」をリリース。こちらも日本で大反響だ。秋には日本武道館などで来日公演をする。
ジェイケイは高級車を何台も所持するほどのカーマニアとして知られている。叶美香と友達らしい。

投稿者 kini-naru : 2005年08月18日 | コメント (0) | トラックバック (0)

SOUL'd OUT

SOUL'd OUTとはヒップホップユニットである。Diggy-Mo’(rap)Bro.Hi(rap)Shinnosuke(pro)の3人組だ。1999年に結成。
リズミカルなサウンドと彼らの超高速ラップでクールな曲を生み出す。2001年に東京を中心としてクラブでのライブ活動を本格的に始める。リズム&ブルース、ソウルクラシックス、ヒップホップなどのブラックミュージックを要素にした独特のサウンドスタイルとパフォーマンスは圧巻である。歌の中で「アアララァアアァ!」という独特のフレーズが出てくる。
2002年ツタヤ10店舗限定のワンコインCD「DEMO TRACKS」を発売すると即完売に。2003年1月にファーストシングル「ウェカピポ」をリリース。見事オリコンチャート16位にランクインを果たす。同年夏、サマーソニックなどのライブイベントに精力的に出演し、興奮冷めやらぬうちにファーストアルバム「SOUL'd OUT」を8月に発売。オリコンアルバムチャート初登場3位になった。
HeartsdalesやBoAとのコラボレーションも大きな話題を呼んだ。

投稿者 kini-naru : 2005年08月18日 | コメント (0) | トラックバック (0)

デフテック

デフテックとは日本の東京育ちのMicroとハワイ・オワフ島育ちのShen2MCからなるボーカルユニットである。2人はRIZEのJesseを通して知り合う。Def TechはJesseが命名した。「Def Tech=テクニックをひけらかさない」Defはスラングで「超かっこいい」という意味もある。
自分達の歌をジャワイアン・レゲエと呼ぶ。ジャワイアンは、ジャパンとハワイそしてジャマイカを合わせた意味だそうだ。それぞれの母国語の特性を活かしている。異文化の2つの要素を組み合わせ、立体的な音楽が魅力的だ。
六本木、渋谷、下北沢を中心にライブ活動をする。じっくりコトコト煮込んだ1stアルバムの「Def Tech」はミリオンセラーとなった。「My Way」はタイヤメーカーのCMソングにもなった。サビ以外の部分をカラオケで歌うのは至難の業である。

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ココリコ

ココリコとは遠藤章造、田中直樹によるお笑いコンビである。吉本興業所属。コンビ名の由来は中学時代の帰り道に拾った手帳に「喫茶ココリコで待ち合わせ」と書かれていた。手帳を持ち主に届けたら1万円の謝礼を貰った。縁起が良いということでこの名前になったそうだ。
ココリコは、フランス語でニワトリの鳴き声「コケコッコー」という意味。
小・中学校時代は同級生で仲良しだった。遠藤は野球が上手で、プロ野球チームのスカウトが来たらしい。1992年にコンビ結成。初めはココリコボンバーズだった。極楽とんぼ加藤に「ボンバーズをとったほうがいい」と言われ、ココリコになる。独特の味があるボケを見せる田中と捕らえどころがないツッコミを見せる遠藤のバランスのよさで人気を得る。

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ナインティナイン

ナインティナインとは岡村隆史と矢部浩之によるお笑いコンビである。吉本興業所属。通称ナイナイ。茨木西高校サッカー部の先輩(岡村)と後輩(矢部)である。岡村のダンサブルかつコミカルな動きと矢部の敬語ツッコミのバランスが良い。
立命館大学の学生だった岡村隆史を矢部が誘って、NSCに入る。
その後、吉本の若手芸人で構成されるユニット吉本印天然素材のメンバーとして活躍し、東京進出。
「ぐるぐるナインティナイン」「めちゃめちゃイケてる」など人気番組を作り上げる。
1997年から、毎年9月9日には大阪で年に1回の貴重なコントライブを行っている。

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YKJ

YKJとはYASUJI(ボーカル)、KAZU(ベース)、SHUGO(ドラムス)によるバンドである。
YASUJIとSHUGOは高校時代同じクラスらしい。
ドットエックス所属。2004年3月31日「小さなアクマ」という4曲入り500円のミニアルバムを発売。このアルバムをひっさげて、さいたま新都心駅、川口駅、上尾駅、草加駅などでストリートライブを精力的に行う。さいたま市内のライブハウスによく出演する。
ポップなサウンドでアットホームなライブを繰り広げる。目標としていた3000枚を完売して、メジャーデビューが決定。2005年9月に原宿アストロホールでデビューワンマンライブを果たす。

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ネプチューン

ネプチューンとは名倉潤、堀内健、原田泰造のお笑いトリオである。
堀内と原田はフローレンスというコンビを組んでいたのだが、ダブルボケということでなかずとばずだった。
ジュンカッツというコンビを解散したツッコミの名倉潤を加えてネプチュ-ンが誕生した。
フジテレビ系で放送されていた「ボキャブラ天国」では、電光石火のトリプルプレイというニックネームを持っていて、人気を得ていった。
代表的なギャグは堀内の「パラグライダー」や、原田の「曲がったことが大嫌い、はーらだ泰造です。」などがある。そこに名倉の激しいツッコミが入り大ブレイクした。

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ボブ・サップ

ボブ・サップとは野獣(ビースト)という異名を持つファイターである。
1974年9月22日生まれ。アメリカ・コロラド州出身。身長200cm、体重171㎏と恵まれた体格をしている。巨体にもかかわらず、試合時期の体脂肪は1ケタ台をキープしている。
ワシントン州立大学時代は、社会学・薬学・フットボールを両立。文武両道に励んだ。その後NFLのフットボーラーになる。全米オールスターに選出されたことがある。
NFL引退後格闘家に転身。K-1、プロレスなどで大活躍。チャンピオンになったことのあるアーネスト・ホーストを倒して大きな話題を呼ぶ。
力強くて優しい性格を持つボブ・サップはファイター以外にも、テレビのバラエティ番組、コマーシャルでもエンターテイナーぶりを発揮している。「SAPP Time!」でCDデビューも果たしている。

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セルゲイ・ハリトーノフ

セルゲイ・ハリトーノフとは、ロシア軍兵士の格闘家である。パラシュート部隊に在籍。
ロシアントップチーム所属。1980年8月18日生まれ。身長194㎝、体重106㎏。
バックボーンはコマンドサンボである。ボクシングアマチュア選手権で優勝経験あり。2003年、ロシア・バーリトゥード選手権アブソリュート級王者。 
同年10月からPRIDEに参戦。2004年のPRIDEグランプリでは、ムリーロ・ニンジャ、セーム・シュルトを倒し、ベスト4に進出した。
秘密主義者であり完璧主義者、常に冷静である。そこから出る打撃は、威力があり、恐ろしい。ロシアの人間冷徹凶器という異名を持つ。

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カラテカ

カラテカとは入江慎也と矢部太郎のお笑いコンビである。所属事務所は吉本興業である。
2人とも身長は158cmとかわいらしい。靴のサイズは26㎝、東京都出身。
坊主の方が矢部太郎、髪を染めている方が入江慎也である。
入江は、自己紹介をするとき「アーイェーオーイェー、オレ入江。」というラッパーの要素を取り入れたギャグを披露する。
矢部太郎は日本テレビ系の「電波少年」で外国人を笑わしにいこうという企画で活躍した。そこでスワヒリ語、韓国語、モンゴル語などを学ぶ。矢部太郎は東京学芸大出身らしい。

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マイナスターズ

マイナスターズとはお笑いコンビさまぁ~ず(大竹一樹、三村マサカズ)が中心となって活躍するコミックバンドである。彼らのお笑いライブで、バンド演奏をバックにネタをするコーナーがあった。それがきっかけでマイナスターズは誕生した。
メンバーは、トータルプロデューサーのミタムラさん(三村)、ボーカルのへロー(大竹)、ギターのデカオ、キーボードのキナコ、鈴とコーラスの吉野、コーラスのモアイの計6人組だ。
2005年にアルバム「ネガティブハート」でデビュー。タイトルどおりネガティブさが出て、その中に笑いがあり、大竹の独自の世界を展開している。
ユーモアあふれる歌詞や三村のツッコミが滑稽である。収録曲は、リード曲「心配性」、歌詞の表現が重複している「夜の夜霧」、動物のことを歌った「エレファント」「バッファロー」「ひつじ」などがある。聴いていて爆笑してしまう1枚となっている。オリコン初登場26位にランクイン。

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ホリ

ホリとはホリプロ所属のものまね芸人である。本名は堀裕人。芸名は事務所からではなく、本名からとったそうだ。173㎝、62㎏。千葉県出身。
趣味はマッチ集め、水泳、料理。血液型はB型。高校時代はハンドボールをし、県大会に出場した。
大学時代は広告研究会に所属し、4年生のときに会長を務めた。そして広告代理店に就職。サラリーマン生活をしていたが、夢を捨てきれず芸能界入り。社会人時代から宴会で物まねは得意だった。
ユースケサンタマリア、テリー伊藤、ウド鈴木、武田鉄矢などレパートリーが多数。木村拓哉の「ちょ、待てよ」の物まねも絶品である。えなりかずきの物まねで「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。」と言うが、えなり本人はこのセリフをドラマの中で言ったことはないそうだ。
小道具のかつら、サングラスはリーズナブルな価格で手に入れることが出来たらしい。

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デパペペ

デパペペとは大阪で結成されたギターデュオである。徳岡よしなりと三浦たくやの年齢差6歳差の2人組。この不思議な名前の由来は、三浦のあだ名「デパさん」「デッパ」徳岡の「ペペさん」を足して出来た。東京、京都、大阪、神戸などの都市で、ストリートライブをすると数百人の輪を作ってしまうそうだ。アコースティックギター片手に様々なジャンルの曲を奏でる。
2005年5月デビューアルバム「Let's Go!!!」をリリース。オリコン初登場7位。
野外イベントの聖地ともいわれる日比谷野外音楽堂でワンマンフリーライブもした。
同年夏にはROCK IN JAPAN FES.2005にも出演。注目を浴びる。

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ブレス

ブレスとは金築卓也(ヴォーカル、ギター)と菊地一仁(ギター)のユニットだ。
疾走感あふれる壮大なポップロックを聴かせてくれる。温もりのあるサウンドとインパクトのあるメロディが魅力。2001年11月「瞳にくぎづけ」でデビュー。
サードシングル「アイ・ラブ・ユー」は、ドラマ「ぼくの魔法使い」のテーマソングになった。
ギターの菊池はコンポーザーでもあり、浜崎あゆみ、V6、TRF、エブリリトルシングなどへ楽曲提供を行っている。「Bridge」という曲は、ELTの名曲「fragile」のメロディと同じである。「fragile」をリメイクしたのだ。有線で話題を呼んだ。

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ビビる大木

ビビる大木とはピンのお笑い芸人である。本名は大木淳。176㎝ 90kg O型 1974年9月29日生まれ。埼玉県春日部市出身。クレヨンしんちゃんを同郷のヒーローとしてリスペクトしているらしい。趣味はプロレス観戦。
1995年に大内登とコンビを組む。日本テレビで放送されていた「電波少年」で、凶悪犯人を捜索するコーナーで奮闘する。「笑う犬の冒険」「オールナイトニッポン」などレギュラーを持っていたのが、2002年、大内の芸能界引退のため解散。以後ソロになってもビビる大木という名で活躍。
小学校の頃、草なぎ剛と同じ野球チームに所属していた。
「初めましてこんばんみ~。」が持ちギャグ。テレビ朝日の大木アナウンサーは、はとこである。「くりぃむナントカ」で共演したこともある。

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モンゴル800

モンゴル800とは沖縄県出身のロックバンドである。「モンパチ」という愛称で親しまれる。キャッチーなメロディと素直な歌詞で、多くの人の心をひきつける。メンバーはウエズキヨサク(ボーカル・ベース)、ギマタカシ(ボーカル・ギター)、タカザトサトシ(ボーカル・ドラム)の3人。
1998年7月高校在学中に結成。1999年、ファーストアルバム「GO ON AS YOU ARE」を発表。
2001年9月にリリースしたセカンドアルバム「MESSAGE」はインディーズにもかかわらず、ダブルミリオンを達成。「あなたに」は洗剤のコマーシャルソングに使われた。
「小さな恋のうた」「あなたに」は2002年のカラオケの年間チャートで、1位2位にランクイン。たくさんの人に歌われた。

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猫ひろし

猫ひろしとはワハハ本舗所属のお笑い芸人である。1977年8月8日生まれ。東京都六本木出身。身長147cm、体重45㎏の小柄な体から、大きな笑いを繰り出す。
猫ひろしの芸名になるまでに改名をかなりしたそうだ。前に使っていた芸名は「まりも」「タランチュラ本田」など多数。シュールなネタは怒涛のラッシュで、ノンストップである。
「ラッセラーラッセラー」「昇竜拳」「ポーツマス、ポーツマス」など様々なギャグがある。
猫魂とプリントされたTシャツを着ている。

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マウリシオ・ショーグン

マウリシオ・ショーグンとはシュートボクセアカデミーに所属するPRIDEファイターである。
兄のムリーロ・ニンジャも同じく格闘家だ。1981年11月25日生まれ。ブラジル、パラナ州出身。182cm、 92kg。バックボーンはムエタイ。踏みつけ大将軍という異名を持つ。
2005年4月、前年度PRIDEグランプリ準優勝者のクイントン・ランペイジ・ジャクソンの肋骨を骨折させ勝利した。6月にはアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラに判定勝利。
踏みつけ攻撃が、恐ろしい。同門のヴァンダレイ・シウバにも劣らない強さを持っている。

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ケミストリー

ケミストリーとは川畑要と堂珍嘉邦によるデュオである。
2人はテレビ東京「ASAYAN」の男子ヴォーカリストオーディション(ASAYAN超男子)で、19,100人の応募者の中から選出される。このオーディションには、EXILEのATSUSHIも挑戦していた。
名前の由来は声と声のハーモニーが、化学反応のごとく見事に合わさっていたから。
川畑の声量のある力強い歌声と堂珍の甘い声が、非常にマッチしていて、人気を得る。
2001年、デビューシングル「PIECES OF A DREAM」は発売6週目でオリコン1位を獲得。ファーストアルバムはダブルミリオンを記録している。
川畑は筋トレが好きで、筋骨隆々である。堂珍は昔テレビ局のADをやっていたことがある。そして広島東洋カープのファンである。

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ケビン・ランデルマン

ケビン・ランデルマンとはPRIDEで活躍するファイターである。
元UFCヘビー級チャンピオン。ハンマーハウス所属。身長178cm
筋骨隆々で、力がある。動くスピードも速い。リアルドンキーコングと呼ばれている。
師匠は初代PRIDEヘビー級チャンピオンのマーク・コールマン。
2004年4月のPRIDEグランプリでは、ミルコ・クロコップをフックで失神KOにしたことがある。
同年6月は試合には負けたものの、対戦相手のエメリヤーエンコ・ヒョードルにバックドロップをし、善戦した。ケビン・ランデルマンは兄弟が13人もいる。

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スキマスイッチ

スキマスイッチとは大橋卓弥(ボーカル、ギター)、常田真太郎(キーボード、コーラス)の2人組ユニット。常田はアフロヘアーとひげがチャームポイント。
結成のきっかけは、大橋が自分の曲のアレンジを常田に依頼したことから。バンド名の由来は、意味のない響きのいいものにしようとして、2人でとにかく色々な単語を出し合った。そこで出たのが、「スイッチ」。もう一つ単語をつけようということになり、常田の家がスキマだらけのアパートだったので、「スキマ」という単語が浮上。こうしてスキマスイッチというバンド名が誕生した。
渋谷や新宿を中心にライブ活動を展開する。2005年、5枚目のシングル「全力少年」が関西でCM曲になって、大ヒット。
アルバム「空創クリップ」が自己初となるオリコンチャート初登場1位を獲得。同年8月常田は結婚して幸せになった。公私ともに絶好調である。

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クルーン

クルーンとは横浜ベイスターズの助っ人外国人投手である。本名Marc Jason Kroon。
1973年4月2日生まれ アメリカ・ニューヨーク出身 188cm 86kg 右投右打
野球歴は、シャドーマウンテン高-パドレス-レッズ-パドレス-ロッキーズ-横浜 
大リーグ通算26試合0勝2敗 高校時代はアメフトやバスケをしていた。
160キロを超える剛速球を投げる横浜の守護神である。佐々木主浩投手が戦列を離れている時に、ハマの代理魔神と呼ばれていた。マリナーズ時代から佐々木投手を尊敬している。高校生の頃から150キロを超えるストレートを連発していたそうだ。
彼のテーマ曲ダディー・ヤンキーの「ガソリーナ」も軽快なリズムでかっこいい。クルーンは野菜、魚は口にしないと言う。ピザやハンバーガーをよく食べるらしいのだが、脂肪は少なく筋肉も他の外国人選手に比べると細い。
筋力トレーニングの1日20分ぐらいしかしない。恵まれた身体能力を持っている。

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はなわ

はなわとは、ベース漫談をするお笑い芸人である。本名は塙尚輝。
ゴジラ松井秀喜選手のものまねで注目を浴びる。髪の毛のツノがチャームポイント。
2003年自身の故郷について歌った「佐賀県」でCDデビュー。歌詞の中には自虐的な笑いがあり、楽曲としてもかなり優れている。
オリコンでなんと初登場9位にランクイン。この年に、テツandトモと一緒に紅白歌合戦出場も果たした。
2004年には、ガッツ石松の伝説を歌にした、「伝説の男」をリリース、こちらも大ヒットした。
そのほか「埼玉県」「千葉県」「大阪府」なども面白い曲だ。はなわの故郷は佐賀県だが、生まれた場所は埼玉県の春日部で、一時期千葉県の我孫子に住んでいたこともあったそうだ。

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ヴァンヘイレン

ヴァンヘイレンとはアメリカのハードロックバンドである。
アレックス(ドラムス)とエドワード(ギター)のヴァンヘイレン兄弟がハイスクール時代にバンド「マンモス」を結成。
同じ学校の別バンドにいた、デイヴィッド・リー・ロス(ボーカル)を引き抜きヴァンヘイレンに改名。
1978年「炎の導火線」でデビュー。エディのライトハンド奏法と、彼のギターさばきが輝いた。新人としては異例の150万枚の売上を記録。衝撃のファーストアルバムとなった。
1983年12月リリースの6枚目のアルバム「1984」は「パナマ」やシンセサイザーを効かせた「ジャンプ」など名曲が多く収録されている。
トラック6の「ホット・フォー・ティーチャー」の怒涛のドラムラッシュが素晴らしい。ビルボードチャートでナンバー2を記録。ハードロックの歴史を一時代を築き上げたスーパーハードロックバンドだ。

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シンプルプラン

シンプルプランとはカナダモントリオール出身の5人組ロックバンドである。
メンバーは、ピエール・ブービエ(Vo)、ジェフ・スティンコ(G)、デヴィッド・デロシアーズ(B&Vo)、セバスチャン・ルフェーヴル(G&Vo)、チャック・コモー(Dr)。
ポップ・パンクなサウンドでライブを積極的に行い人気を得る。
2002年3月にデビューアルバムをリリース。ミリオンセラーで全米レコード協会からプラチナに認定された。同年9月初来日。
2005年7月、フジロックフェスティバルに出演。雨を吹き飛ばすような熱いライブで観客を盛り上げた。ピエールとデヴィッドは、日本語がうまい。代表曲は「I’d Do Anything」「Welcome to my life」など。

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まちゃまちゃ

まちゃまちゃとは、お笑いピン芸人である。本名は菅崎雅美 1976年5月7日生まれ
千葉県君津市出身 158cm B型 趣味は音楽鑑賞
髪型に気合が表れていて勢いがある。
日本テレビ系「エンタの神様」で怒りの熱血プロレスラー摩邪コングというキャラクターで大ブレイク。
プロレスのマイクパフォーマンス風に、日本人のおかしな表現に突っ込みを入れるネタが人気。
氣志團・綾小路セロニアス翔とは中学時代の同級生。2005年、本「って言う女!」を出版。

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グリーンデイ

グリーンデイとはアメリカの実力派パンク・ロックバンドである。3コードによるメロディアスかつキャッチーな曲で、沢山のリスナーのハートをつかむ。
1987年結成。メンバーはビリー・ジョー・アームストロング(ボーカル、ギター)、トレ・クール(ドラムス)、マイク・ダーント(ベース)で、幼なじみであった。
1994年にリリースされたメジャーデビューアルバム「ドゥーキー」はゴールドディスクを獲得。このアルバムに収録されている「バスケット・ケース」の爆発的な人気は、本国アメリカだけでなく日本にも飛び火。
1996年初来日。東京晴海アリーナ公演では、9000人オールスタンディングライブを行った。
1998年には、映画「ゴジラ」のサウンドトラックに参加。「ブレインシチュー」という曲で、ゴジラの鳴き声とグリーンデイがコラボレーションを果たしている。
2005年グラミー賞の、最優秀ロック賞(アルバム)受賞した。

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レミオロメン

レミオロメンとは藤巻亮太(ボーカル、ギター)、神宮司治(ドラムス)、前田啓介(ベース)3人組のロックバンドである。2000年12月結成。
バンド名に特に意味はなく、メンバーがじゃんけんに勝った順に1文字、2文字、3文字と好きな言葉をつなげて作ったそうだ。群馬県前橋を拠点に積極的にライブ活動をする。日本語を大切にした歌で、動員数、認知度をじわじわとあげていく。
2005年2月、シングル「南風」がスマッシュヒット。オリコン初登場9位を獲得。映画「亀は意外と速く泳ぐ」の主題歌に決定。西武ライオンズの石井義人選手もこの曲をテーマソングにしている(2005年後半戦~)。2005年3月には、日本武道館ライブを成功させる。

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