井上康生とは柔道家である。1978年5月15日生まれ。宮崎県宮崎市出身。東海大学出身。綜合警備保障所属。身長183cm、血液型O型。趣味は映画鑑賞、買い物。音楽はソウル系のヒップホップが好きだそうだ。好きな食べ物はハンバーガー、焼肉、甘い物。
父の影響で5歳から柔道を始める。1999年世界柔道選手権で、初出場初優勝を果たす。翌年のシドニーオリンピック柔道100kg級も金メダルを見事に獲得。得意技は内股、大外刈り、大内刈り、背負い投げ。
投稿者 kini-naru : 2005年08月25日
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小比類巻貴之とはチームドラゴン所属のK-1ファイターである。あだ名はコヒ。ミスターストイックという異名を持つ。
1977年11月7日生まれ。青森県出身。180cm、70㎏。バックボーンはキックボクシング、空手だ。
中学時代に極真カラテを始める。牛乳を毎日3リットル飲んでいたらしい。そのときの稽古仲間には山本喧一選手がいた。K-1ワールドMAXの日本代表決定トーナメントで優勝経験あり。得意技はひざ蹴り。
投稿者 kini-naru : 2005年08月25日
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泉浩とは柔道家である。1982年6月22日生まれ。173cm、90㎏。青森県出身。
小学校卒業と同時に、故郷を離れ単身で東京へ柔道留学。
明治大学4年次の2004年アテネオリンピック柔道男子90kg級で銀メダルを獲得。
勝負度胸が強く、多彩な技、巧みな試合運びに定評がある。得意技は、大外刈り、背負い投げ。
試合会場で彼の父親が着ていた「マグロ一筋」プリントされたTシャツは大きな話題を呼んだ。
投稿者 kini-naru : 2005年08月22日
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亀田興毅とはプロボクサーである。1986年11月17日生まれ、長男である。166㎝でサウスポーだ。大阪府西成区天下茶屋出身。ビックマウスがトレードマーク。
明石家さんまの大ファンだそうだ。そのさんまからミネラルウォーター12ダース、高級焼肉店の食事券が届けられたことがある。2005年8月21日、東太平洋フライ級王者のワンミーチョーク・シンワイチャーをノックアウト勝利し、初タイトルを獲得した。
自身のファンクラブも設立し、ノリに乗っている。
投稿者 kini-naru : 2005年08月22日
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須藤元気とは格闘家である。1978年3月8日生まれ。身長175㎝、70kg。東京都江東区出身。元気は本名である。父親が、ボクシング漫画「がんばれ元気」を読んで感銘を受けて、名付けたそうだ。
格闘技歴はレスリング、サンボ、ブラジリアン柔術など。拓殖短大時代には、全日本グレコローマンレスリング大会で優勝した。卒業後、1998年、単身渡米しビバリーヒルズ柔術クラブの門を叩く。そこで修行をし、アメリカの柔術大会やUFCに出場した。2002年K-1参戦。2004年には総合格闘技イベントROMANEXでホイラー・グレイシーにパウンドをして、見事に勝利をする。
ど派手な入場パフォーマンス、トリッキーな戦法で、観客を盛り上げる。
投稿者 kini-naru : 2005年08月22日
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曙とはファイターである。大相撲時代は第64代横綱であった。大相撲幕内成績は、566勝198敗であった。引退後は東関部屋の曙親方として、弟子たちを指導していたが、2003年11月、日本相撲協会に退職届を提出。
2003年大晦日、K-1に電撃参戦し、プロ格闘家に転向を果たした。試合には負けたが、ボブ・サップと激しい試合を繰り広げた。紅白歌合戦の視聴率を約3分間上回って、瞬間最高視聴率は43%になった。
2005年にはプロレスデビューを果たした。WRESTLE-1、WWE、全日本プロレスに参戦。必殺技は巨体を活かしたバンザイドロップや64がある。
投稿者 kini-naru : 2005年08月19日
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魔裟斗とはK-1で活躍するファイターである。本名小林雅人。1979年3月10日生まれ。174cm、70kg。千葉県出身。シルバーウルフ所属。バックボーンはキックボクシング。
ニックネームは反逆のカリスマ。甘いマスクで多くの女性ファンを持つ、会場では彼への黄色い声援が飛ぶ。2003年K-1ワールドMAX(ミドル級)で日本人初の世界王者に輝く。
2004年は惜しくも準優勝。同年大晦日は山本KID徳郁と歴史的一戦を繰り広げ会場を大いに盛り上げた。彼は、インタビューを受けているときに驚くようなビックマウスを口にするが、このことで退路を塞ぎ自分にプレッシャー、追い込みをかけているそうだ。
格闘技はもちろんのこと、テレビ、ラジオ、雑誌など幅広く活躍をしている。自身の写真集も発売した。
投稿者 kini-naru : 2005年08月18日
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山本KID徳郁とはK-1ファイターである。1977年3月15日生まれ。神奈川県出身。身長163cm、体重64㎏。血液型はB型。バックボーンはレスリング、総合格闘技である。
父はミュンヘンオリンピック代表。姉、妹もレスリング世界選手権制覇。
KIDもレスリングでは、インカレ優勝、全日本2位の実績を残す。
2004年K-1に参戦。村浜武洋を2Rノックアウトで圧勝。衝撃的デビューを飾る。
同年大晦日、格闘技イベントDynamiteで魔裟斗と名勝負を繰り広げる。
レゲエ調のノリノリの入場曲はT.O.Kの「I Believe」である。
投稿者 kini-naru : 2005年08月18日
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ボブ・サップとは野獣(ビースト)という異名を持つファイターである。
1974年9月22日生まれ。アメリカ・コロラド州出身。身長200cm、体重171㎏と恵まれた体格をしている。巨体にもかかわらず、試合時期の体脂肪は1ケタ台をキープしている。
ワシントン州立大学時代は、社会学・薬学・フットボールを両立。文武両道に励んだ。その後NFLのフットボーラーになる。全米オールスターに選出されたことがある。
NFL引退後格闘家に転身。K-1、プロレスなどで大活躍。チャンピオンになったことのあるアーネスト・ホーストを倒して大きな話題を呼ぶ。
力強くて優しい性格を持つボブ・サップはファイター以外にも、テレビのバラエティ番組、コマーシャルでもエンターテイナーぶりを発揮している。「SAPP Time!」でCDデビューも果たしている。
投稿者 kini-naru : 2005年08月18日
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セルゲイ・ハリトーノフとは、ロシア軍兵士の格闘家である。パラシュート部隊に在籍。
ロシアントップチーム所属。1980年8月18日生まれ。身長194㎝、体重106㎏。
バックボーンはコマンドサンボである。ボクシングアマチュア選手権で優勝経験あり。2003年、ロシア・バーリトゥード選手権アブソリュート級王者。
同年10月からPRIDEに参戦。2004年のPRIDEグランプリでは、ムリーロ・ニンジャ、セーム・シュルトを倒し、ベスト4に進出した。
秘密主義者であり完璧主義者、常に冷静である。そこから出る打撃は、威力があり、恐ろしい。ロシアの人間冷徹凶器という異名を持つ。
投稿者 kini-naru : 2005年08月18日
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マウリシオ・ショーグンとはシュートボクセアカデミーに所属するPRIDEファイターである。
兄のムリーロ・ニンジャも同じく格闘家だ。1981年11月25日生まれ。ブラジル、パラナ州出身。182cm、 92kg。バックボーンはムエタイ。踏みつけ大将軍という異名を持つ。
2005年4月、前年度PRIDEグランプリ準優勝者のクイントン・ランペイジ・ジャクソンの肋骨を骨折させ勝利した。6月にはアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラに判定勝利。
踏みつけ攻撃が、恐ろしい。同門のヴァンダレイ・シウバにも劣らない強さを持っている。
投稿者 kini-naru : 2005年08月16日
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ケビン・ランデルマンとはPRIDEで活躍するファイターである。
元UFCヘビー級チャンピオン。ハンマーハウス所属。身長178cm
筋骨隆々で、力がある。動くスピードも速い。リアルドンキーコングと呼ばれている。
師匠は初代PRIDEヘビー級チャンピオンのマーク・コールマン。
2004年4月のPRIDEグランプリでは、ミルコ・クロコップをフックで失神KOにしたことがある。
同年6月は試合には負けたものの、対戦相手のエメリヤーエンコ・ヒョードルにバックドロップをし、善戦した。ケビン・ランデルマンは兄弟が13人もいる。
投稿者 kini-naru : 2005年08月15日
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エメリヤーエンコ・ヒョードルとはロシア出身のPRIDEファイターである。
182cm 107㎏ バックボーンは、柔道、サンボ。テーマソングはEraの「Enae Volare Mezzo」である。
スタンディング、グラウンド共に強い。特にグラウンドからの打撃(パウンド)は恐ろしい。氷の拳と呼ばれている。好きなお酒はウォッカ、酒豪らしい。
2004年、6月に交通事故を起こし車が大破してしまうが、無傷で済んだエピソードがある。8月に小川直也、大晦日にアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラに勝利し、PRIDEグランプリヘビー級チャンピオンになる。
2005年8月ミルコ・クロコップとタイトルマッチ。弟アレキサンダーもPRIDEに参戦している。
投稿者 kini-naru : 2005年08月12日
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小川直也とはハッスル柔道王である。
1968年3月31日生まれ 193cm 115kg
高校時代から柔道を始める。1986年明治大学経営学部に入学。
1990年JRAに入会。1992年にはバルセロナオリンピック柔道銀メダリストになる。
1997年にはプロの格闘家に電撃転向。デビュー戦は橋本真也と闘い勝利。
のちに2人は、最大のライバルとなる。
最近はハッスル、PRIDEを主戦場とし、ハッスルポーズというものを広めた。
2004年PRIDEヘビー級グランプリベスト4。「ハッスル音頭」でCDデビューも果たす。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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ミルコ・クロコップとはPRIDEで活躍しているファイター。本名ミルコ・フィリポビッチ。
クロアチアの特殊警察部隊に所属していた経験がある。
クロアチアの「クロ」と警察の「コップ」を組み合わせて、このリングネームになった。
バックボーンはK-1だ。クロコップ・スクワッドジム所属。入場曲はデュランデュランの「WILD BOYS」
伝家の宝刀左ハイキックで、イゴール・ボブチャンチンやエメリヤーエンコ・アレキサンダーなど数々の強豪選手を倒す。ひげ剃りのコマーシャルに出演、「すべぴか」というせりふを言う。
2005年8月王者エメリヤーエンコ・ヒョードルとタイトルマッチ。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとは、プライドで活躍する格闘家である。
1976年6月2日生まれ 191cm 103㎏ 入場曲はZZの「NO WAY OUT」
千もの技をもっていて、柔術マジシャンと呼ばれている。
2002年8月に開催された格闘技イベントDynamiteでは、腕ひしぎ十字固めで野獣ボブ・サップに勝利。
2003年11月のPRIDEではミルコ・クロコップに一本勝ちを収める。
双子の弟ホジェリオもPRIDEのリングで、活躍している。
弟との見分け方は、耳の形と背中の傷である。ホドリゴは幼少の時ダンプカーに追突され事故にあったそうだ。2004年プライドグランプリ準優勝。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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ヴァンダレイ・シウバとは、プライドで活躍するファイターである。
1976年7月3日生まれ ブラジル出身 182cm 93kg
シュートボクセアカデミー所属。入場曲は、DarudeのSandstormである。
膝蹴り、パンチ、踏みつけなど打撃力が抜群で恐ろしい。
柔術の黒帯も2004年に取得。日本人キラーで桜庭和志を3回も倒している。
プライド初代ミドル級(リミット93kg)王者。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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吉田秀彦とは柔道家である。
1969年9月3日生まれ 身長180cm 愛知県出身 O型
柔道の名門世田谷学園~明治大学へ。
1992年バルセロナオリンピック柔道78kg級金メダリスト。
1994年には柔道天皇杯で、大学の先輩小川直也と対戦し、判定勝利したことがある。
1997年に明治大学柔道部の監督になる。
最近はプロ格闘家に転向し、PRIDEGPで活躍。テーマソングは元シャムシェイドHIDEKIの「secret」。2004年に結婚。第3のビールのCMにも出演している。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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桜庭和志とはPRIDEで活躍するプロレスラーである。
1964年7月14日生まれ 秋田県出身 180 cm 87kg
テーマソング「SPEED TK RE-MIX~炎のコマ」とともに、小学生、博士など面白いコスチュームで入場し、観客を楽しませる。
モンゴリアンチョップ、アイ-ンチョップなど技も抜群。
最強と言われるグレイシー一族のホイラー、ホイス、ヘンゾ、ハイアンを倒し、PRIDEのヒーローになる。ヴァンダレイシウバが最大のライバルか。
投稿者 kini-naru : 2005年08月09日
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