クロフネとはダートで圧倒的パフォーマンスを見せたサラブレッドである。
1998年生まれ 牡 父French Deputy 母Blur Avenue
<主な戦績>
GI NHKマイルC(01年)、ジャパンカップダート(01年)
GIII 毎日杯(01年)、武蔵野S(01年)
クロフネはデビュー時からその素質は怪物級と評価されていた。その評価通りにNHKマイルCなどを制してみせるが、アグネスタキオンに負けるなど、怪物級と言うにはパッとしないレースが続いていた。
しかし、その真価はダートで花開いた。天皇賞秋に登録していたが、外国産馬の出走制限の為に除外される。変わりに同じ週の武蔵野Sに出走する。そこで関係者を含め、見ているもの全員を驚愕させた。まくり気味に上がっていくと、どんどん差を広げるだけの独走劇をしてみせる。天皇賞秋の除外が隠れていた才能に光を射したのだ。陣営はすぐにジャパンカップダート出走を決意。本番では向こう場面で早くもまくり気味に上がっていくと、直線入り口ではすでに独走状態になり、そのまま突き放して快勝する。世界の強豪を相手に大楽勝劇をしてみせる。
「来年はもちろんドバイワールドカップ。」と誰もが思ったその矢先、屈腱炎を発症し引退。種牡馬入りした。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (272)
ザッツザプレンティとは03年菊花賞を制したサラブレッドである。
2000年生まれ 父ダンスインザダーク 母バブルプロスペクター
<主な戦績>
GI 菊花賞(03年)
GIII ラジオたんぱ賞2歳S(02年)
ザッツザプレンティは出世レースであるラジオたんぱ賞2歳Sを制して期待を集めるが、3歳春は精彩を欠いて弥生賞、皐月賞を惨敗する。だが、得意の不良馬場で行われたダービーで3着し、手応えをつかむ。
休養を挟んだ秋、緒戦のステップレースを惨敗する。復活を期して臨んだ菊花賞では、ザッツザプレンティを手の内に入れた安藤騎手の好判断で早め仕掛けの粘りこみ勝負に持ち込む。この作戦が功を奏してリンカーンと春の2冠馬ネオユニヴァースを抑えて優勝した。次走のジャパンカップでも2着に好走する。
05年5月に引退。種牡馬入りする。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ネオユニヴァースとは牡馬クラシック春の2冠を制したサラブレッドである。
2000年生まれ 父サンデーサイレンス 母ポインテッドパス
<主な戦績>
GI 皐月賞(03年)、東京優駿(03年)
GII スプリングS(03年)、大阪杯(04年)
GIII きさらぎ賞(03年)
ネオユニヴァースはM・デムーロとのコンビで牡馬クラシック春の2冠を達成した。皐月賞では接戦を制し、ダービーでは不良馬場を避けて大外をまわる馬がほとんどの中、ネオユニヴァースを意外と芝が傷んでいない馬場の真ん中に導いて混戦ダービーを制したことから、デムーロ騎手の腕が賞賛された。そして宝塚記念への出走に踏み切った。春2冠馬が宝塚記念に出走するのは前代未聞でレースは大いに盛り上がった。結果は4着に敗退したが、ファンを大いに楽しませた。
秋には当然3冠を目指して再スタートする。短期免許が切れているデムーロ騎手をJRAが特例として菊花賞の騎乗を認め、3冠馬誕生にむけて盛り上がったが、ザッツザプレンティの粘りに屈して3着に敗退した。
翌年、大阪杯で古豪マグナーテンとの叩き合いを制して、勝負根性の健在振りをアピールするが天皇賞春で原因不明の大敗。その後、宝塚記念を目指していたが屈腱炎を発症して引退。種牡馬となった。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ファレノプシスとは牝馬クラシック2冠を達成し、引退間際にもう一度咲いたサラブレッドである。
1995年 父ブライアンズタイム 母キャットクイル
<主な戦績>
GI 桜花賞(98年)、秋華賞(98年)、エリザベス女王杯(00年)
GII ローズS(98年)
ファレノプシスは3歳(旧4歳)牝馬クラシックで2冠を達成してその年の最優秀4歳(現3歳)牝馬に選出される。その後、スランプに陥るが、5歳(旧6歳)のエリザベス女王杯で優勝し引退の花道を飾る。その年の最優秀古馬牝馬に選出される。
現在は引退し、繁殖牝馬になる。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (154)
トゥザヴィクトリーとはドバイワールドCで2着に入ったサラブレッドである。
1996年生まれ 父サンデーサイレンス 母フェアリードール
<主な戦績>
GI エリザベス女王杯(01年)
GII 阪神牝馬特別(00年)
GIII クイーンS(00年)、府中牝馬S(00年)
トゥザビクトリーは3歳(旧4歳)クラシックで常に人気を集めながら僅かの差で敗れ続け、最終戦の秋華賞では目も当てられないほどの大敗を喫してしまう。
雪辱を誓った翌年、徐々に調子を上げて勝ち星を積み上げる。GIのエリザベス女王杯こそ獲り逃してしまうが、上々の4歳シーズンを終える。
翌年、フェブラリーSをステップにドバイワールドカップに臨む。「どこまでやれるか。」という見方が強かったが、トゥザヴィクトリーはここで2着に入るという健闘を見せてファンを驚かせる。帰国後、ぶっつけで臨んだエリザベス女王杯ではドバイワールドカップ2着の貫禄を見せて優勝する。ついに無冠の女王が戴冠した。
02年4月に引退。繁殖牝馬となる。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ファビラスラフィンとは96年ジャパンカップで3歳(旧4歳)牝馬ながらシングスピールと火の出るような叩き合いを演じたサラブレッドである。
1993年生まれ 牝 父Fabulous Dancer 母Marcalle
<主な戦績>
GI 秋華賞(96年)
GII NZT4歳S(96年)
ファビラスラフィンは3歳(旧4歳)デビューながら、強いレース振りでNHKマイルCの前哨戦のNZT4歳Sまで3連勝する。当然、本番のNHKマイルCでも人気を集めるが、殺人的ハイペースに巻き込まれて大敗してしまう。
評価を落とした秋華賞、レース中に骨折して大敗する1番人気エアグルーヴを尻目に快勝し、ささやかれていた早熟短距離馬説を覆す。そして陣営が次走に選んだのがエリザベス女王杯ではなく世界の強豪が集まるジャパンカップであった。3歳牝馬に荷が重いというのが大方の見方であったが、シングスピールと最後まで競り合い、日本馬最先着の2着入線を果たしてファンを驚かせる。
暮れの有馬記念後に屈腱炎を発症して引退。繁殖入りした。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (0)
エリモシックとはダンスパートナーのエリザベス女王杯連覇を阻んだサラブレッドである。
1993年生まれ 父ダンシングブレーブ 母エリモシューティング
<主な戦績>
GI エリザベス女王杯(97年)
エリモシックは重賞勝ちこそなかったが、秋華賞をファビラスラフィンの2着、札幌記念をエアグルーヴの2着するなど、確実に力をつけてきていた。4歳(旧5歳)緒戦は4着に敗れたが、調子を上げて目標のエリザベス女王杯に臨んだ。エアグルーヴが天皇賞秋にまわったため、ファンの注目はダンスパートナーが連覇を達成できるかどうかであった。レースでエリモシックはダンスパートナーを見ながら後方待機し、最後の直線に賭けた。勝負どころは直線入り口であった。大外に持ち出したエリモシックに対し、ダンスパートナーは内に進路をとった。ダンスパートナーはこれが災いし、進路が詰まりブレーキをかけなければならなかった。再び外に持ち出してスパートをかけた時には外からエリモシックが並びかけてきていた。2頭のマッチレースはゴールまで続き、エリモシックの首が出たところがゴール。ダンスパートナーの連覇の夢を砕いてGI勝利。
98年引退。繁殖牝馬となった。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ノースフライトとはマイル戦で強さを見せたサラブレッドである。
1990年生まれ 牝 父トニービン 母シャダイフライト
<主な戦績>
GI 安田記念(94年)、マイルCS(94年)
GII マイラーズC(94年)
GIII 府中牝馬S(93年)、阪神牝馬特別(93年)、京都牝馬特別(94年)
ノースフライトは3歳(旧4歳)の5月デビューながら、秋には古馬を退けて重賞を制覇する。勢いに乗って挑んだGIエリザベス女王杯ではホクトベガの2着に屈するが、春の二冠馬ベガに先着するなど、上々の成績だった。
翌年、短距離路線をサクラバクシンオーと二分する。「マイルならノースフライト、1400m以下ならサクラバクシンオー」と言われたように、マイルGIを2勝したが、サクラバクシンオーの得意距離であったスワンSでは完敗した。
94年11月に引退。繁殖牝馬となった。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (98)
ゴールドアリュールとはダートでGIを4勝し、ドバイへ挑戦しようとしたサラブレッドである。
1999年生まれ 牡 父サンデーサイレンス 母ニキーヤ
<主な戦績>
GI ジャパンダートダービー(02年)、ダービーグランプリ(02年)、東京大賞典(02年)、フェブラリーS(03年)
GIII アンタレスS(03年)
ゴールドアリュールは東京優駿で5着に健闘した後、大井で行われるジャパンダートダービーに出走する。ここで関係者も驚くほどの大楽勝を見せると、休みを挟んだダービーグランプリでも前走よりもさらに差を広げて優勝する。次走のジャパンカップダートでは激しい先行争いにのみこまれて敗退するが、年末の東京大賞典を完勝してダートチャンピオンホースの座につく。
翌年、フェブラリーSを勝つと、ドバイワールドカップを目指したが、国際情勢が悪化して断念せざるを得なかった。変わりに出走したアンタレスSでは鬱憤を晴らすかのような圧勝劇を見せる。
9月に引退。種牡馬入りした。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (78)
メジロパーマーとは低人気を尻目にグランプリを2度逃げ切った競走馬である。
1998年生まれ 牡 父ペンタイア 母ワーキングガール
<主な戦績>
GI 宝塚記念(92年)、有馬記念(92年)
GII 阪神大賞典(93年)
GIII 札幌記念(91年)、新潟大賞典(92年)
メジロパーマーは4歳(旧5歳)時に重賞を制しながらもパッとせず、障害へ活路を求める。しかし翌年、平地に復帰。低人気で新潟大賞典を制覇する。次走にグランプリレース宝塚記念を選択し、ここでも低人気でGI初制覇を成し遂げる。
GI馬となったメジロパーマーは、以降2戦で大敗し、宝塚記念勝ちを完全に「フロックだった」と評価されて臨んだ暮れの有馬記念で再び15番人気という低評価を受けて出走し、最後はバテバテになりながらもJC馬のレガシーワールドの猛追を退けて優勝する。
94年引退。種牡馬入りする。
投稿者 kini-naru : 2005年09月28日
| 競馬
| コメント (0)
| トラックバック (102)